祭りと村社会と現代日本

昨晩は夜中に目が覚めたので、星空を眺めに外に出ました。今年一番の満天の星空でした。朝から今シーズン一番の快晴です。

(まきば公園から甲府盆地と富士山を望む)


(高原大橋から南アルプスを望む
左端が北岳 右端が甲斐駒ケ岳)



(東沢大橋と八ヶ岳の主峰赤岳を望む
手前の牛首山が赤岳をかなり隠してしまう。
ここは紅葉の名所。赤い橋あたりは紅葉が少し始まっています)


今日は、セカンドハウスを設けた大泉の八ヶ岳神社の祭りです。積極的に参加したいのですが、なかなか難しいものがあります。週末の別荘族は地域に何か貢献したくとも、地域活動への参加を明確に約束できないのです。
でも、少しずつ知り合いが増え、キノコのジゴボウをいただきましたし、取れる場所も教えてもらいました。ちょっと粘りのあるキノコで、薄い塩水に漬けて虫だしし、味噌汁が美味かった。



地域に濃厚に密着した村共同体的な生活は、日本の伝統的な生活様式で、そうした民族性が日本を世界に冠たる水準に押し上げたとおもいます。
村社会ゆえに、リーダーの決定には、我慢してでも従う、人から非難されないように皆頑張る、村あげて英才を支える、英才はその恩を社会に返そうと頑張る。この村が育んだ特長が日本の強さの秘訣です。組織のまとまり、皆が頑張る平均値の高い社会、知を共有することに前向きな社会、社会のためと自己犠牲的に頑張る英才を生む社会。
最近、どの企業も後継者の大きなレベルダウンの問題を抱えているでしょう。この村社会的な長所がなくなりつつあるためではないでしょうか?政治の不安定さにも、その一部が現れていますね。良くも悪くも、独断的とも見えるリーダーの不在、組織を乱しても自己主張する民主的!中堅と若手。世界に嘲笑される総理の度々のすげ替え。先にあげた日本の強さの真逆です。
自分達の差別化できる長所を失い、かと言って、ヨーロッパ人の様な強い個人主義、徹底した論理主義で自分が思いもしないことでも平然と話すなどできない日本人。欧州の内戦の激しさを見てください。昨日までの隣人と殺し合える人達ですよ。逆に言うと、心情的には、殺し合えるほどの人とでも平時は平然と共に暮らすことができる。あの真似は、われわれにはできません。キリスト教と小麦栽培、牧畜の人達の価値観を多神教と水田稲作の日本人は真似られません。中途半端な価値観のモノマネが日本の弱体化を招いてあたりまえです。
確かに、現代的な視点では、束縛と干渉の多い田舎暮らしは、歓迎されませんが、それがいまの日本を作り上げる礎石であったことも受け入れ、日本的な原型を保った発展を考えねば。
関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

月別アーカイブ
カテゴリ別記事一覧
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -