小諸の温泉旅館にて

いよいよ長男の結納です。朝千葉を出発し、新宿で息子を拾ってからまずは、甲斐大泉のセカンドハウスへ。この時期は、4輪駆動でスタッドレスタイヤでないと危ないですね。
着くといつものように暖房を全て点火し、水を生かしてしばらく部屋を暖めます。

アフガン(超人気店で、春から秋の週末は並ばないとありつけませんが、冬は即テーブルにつけます)でベーコンエッグカレーの昼食を済ませると背広に着替えて、長男の婚約者の小海の実家に挨拶に伺いました。小海から山を登った集落が嫁の実家です。挨拶を済ませ、お茶をいただいてから小諸に準備いただいた温泉旅館に移動して結納です。



結納の挨拶の口上文を調べてみると、どうしてこうも形式的で、儀礼的なのでしょうか。普段は使いなれない言葉の連続なので、指南書を離れて自分なりの挨拶にしちゃいました。さもないと、心を込める前に、覚えるだけになりますし、口も滑らかに動きませんね。京都の公家ではあるまいし、こんなに過度に儀礼的である必要はないですね。儀礼的になるほど冠婚葬祭の会社が儲かります。素人には分からない作法を作り上げ、専門家に任せなさい、と言わんばかりです。吉良上野介みたいに。



嫁は一層美しくなりました。やはり、内面から来る喜びと決意がかもし出す美しさでしょう。そういえば、女房殿もこの時期は美しかった。人に自慢したいほどの輝きを放っていたのですが、今は・・・。いぶし銀の気品ですかね。そう言う本人も、どうすれば、内面から湧き出るような外面がつくれるか?醜態の老人にはなりたくないですね。



元サラリーマン老人は、定年すると急に自己主張、自己顕示が強くなり、協調性どころか社会性に問題のある人が増えるようにかんじます。長年会社組織の中で自分を抑えて耐えて来た生活の反動なるのでしょうか?団地の定年老人の集まりで、偉そうに指示している人を見かけます。どうして、あんなに偉そうに指示できるのか、会社人でも理解できません。あの人は、指示するのは、本当は始めてかも知れませんね。
以前家族で黒部渓谷に紅葉を見に行った時にもこんなことがありました。男性老人の集団がトロッコ電車の係員の指示(横に広がらず、一列づつ詰めて座ってください)を聴かず、皆で渓谷側の席を広がって独占し(見晴らしが良い)険悪になったことがあります。最後まで騒々しく、下衆な老人達でした。
だもんで、定年後に住宅地で元サラリーマンの地域活動には参加したくないな。もちろん、ほとんどの人達はまともですが、一部はひどいものです。

夜は両家で会食です。不満ではないのですが、どうして山なのに肴は、蟹、刺身なのでしょうか?イノシシに鹿肉ではダメですか?ここらが問題なのです。山は山。海は海。山海の珍味とすべきでしょう。飲み会ではないので、酒は自重しました。当然か!(客の多くは、近郊近在の人で、山菜は珍しくもないので、仕方が無いか。千葉から来た私のわがままか。)

翌朝は、この旅館の売りの展望露天風呂へ。八ヶ岳が一望できる露天風呂で、無色無臭。木桶の浴槽で、ぬるめの湯でのんびりつかれます。早朝から楽しみました。

(玄関先の餌付けされた鴨たち)
関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

月別アーカイブ
カテゴリ別記事一覧
カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -