諏訪訪問

 一度も諏訪大社に行ったことがありませんので、鉢巻道路から諏訪に向かいました。我が家は大泉なので、諏訪までは1時間程度かかります。

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 諏訪湖は、ほぼ全面凍結ですが、御神渡りは出来ていません。やすい知床流氷観光の代わりになりました。
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 帰路 有名な、角上生鮮市場によって、酒の肴を探しましたが、千葉の磯釣り師の目に叶うものは残念ながらなしでした。
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暖炉の改造計画

我が家にある薪暖炉は、1年前から使い始めましたが、とっても古く、開放式だからストーブではなく暖炉なのです。だから豊富な空気で薪は好きなだけ燃えるし、どんどん空気を煙突から排出するので、薪の消費が早い割には、暖かさがいまいち。その上、初期の煙漏れで煙くなくとも、家中煙臭い。1年近く改造の構想を練って
駄目元で大改造中です。
 まずは、暖炉からストーブに改造です。開放口を耐熱ガラスで密閉し、燃焼空気の取り込みのコントロールです。開放口を耐熱ガラスで塞ぐのは簡単ですが、でもガラスは700℃の耐熱で1万円位かかりました。扉を作るのに、鉄板の切断と溶接、ネジ切り作業です。60歳で溶接するのは大変でした。老眼でアークの先がよく見えません。
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(開放暖炉の蓋を耐熱ガラスで制作)


 密閉すると空気の取り込みの細工が必要です。一次空気は、薪を入れる扉の開け方で何とでも制御できますので、まずは二次燃焼用の空気の取り込みから改造しました。炉の天井にステンレスの弁当形の箱に穴を沢山空けて空気の滞留時間を稼ぎ、その間に余熱できる箱を取り付けています。写真の箱は素人ではできませんので、プロに頼みました。タダですが。箱の空気の吸い込み口は、天井に穴を開けて1Bのパイプが外に突き出ています。取り付けは、4本のボルトで天板に吊ってあります。炉の温度が上がってから、1次空気を絞ると、2次空気が吸い込まれることは、タバコの煙で確認できました。とりあえず一次空気は、扉を少し浮き上がらせただけです。
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(2次燃焼用空気を取り込むステンレス製 ボックス  これを暖炉の天井に取り付ける)


次は、一次空気を予熱し、かつ、ガラスの汚れ防止のためのエアーカーテンの細工を準備中です。インターネットでいろいろ調べて構想を練りました。空気取り入れ口は配管材のスタブエンド 2B、炉内配管はステンレス製のフレキパイプで炉内を這わせて燃焼部の上に引き回します。パイプの端は配管材のキャップ 2Bです。取り付けはU-ボルトで固定し、ガラスの上方すなわち天井側から下への空気の流れをつくる予定です。簡単に書いていますが、空気配管は1Bから2Bまで種々検討しました。
さらに問題は、暖炉の図体が大きく、温度がなかなか上がらないことで、炉の奥の壁を耐熱レンガで覆う予定です。結果は順次報告します。

磯釣り その2

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(自作のチャランボ)


房総半島の磯釣は、渡船で沖の岩場に上がるか、潮位を見なが海の中を歩いて渡ります。自分で歩いて渡る場合は、よほどその磯に慣れていないと戻れなくなる危険があります。潮位がいくつまでなら戻れるのかも大事ですが、海が荒れてきたり、潮位が上がってくると目で見えるはずの足場の石が白濁して見えなくなることもあります。まあ、時には泳ぐ羽目になります。そのため、服装は、メーカーの磯釣りスーツなど格好よくできません。ウェットスーツや冬場は胴長を履きます。この胴長は、海に落ちて一旦水が入ってしまうと非常に重くなり、海から上がれないし、足先が浮いて、極めて危険です。胴長の時は、腰にベルトをして大量の水が入らないようにすることがおすすめです。で、撤退は早めに。それとベルトにナイフ。これは足先の空気を抜くため、胴長を切るためです。
 房総の磯は低い場所が多いので、大波が来た際に竿、バッカンなどが流されないように、時には自分も流されないようにチャランボなるものを岩の穴に打ち込んで使います。市販のチャランボは細いものが多いので、これでは波でステンレス棒のチャランボが曲がることがあります。小生も何度が曲げられたし、ひどい時は折れたこともあります。かなり太いステンレス棒チャランボが必須です。外房では大原にある「えさしげ」で販売されております。小生は、太く、仕舞寸法がコンパクトになるように自分で溶接などして自作しています。
 

寒冷地別荘の芝生

我が家の庭は100坪の森と何も植えられて居ない200坪の野原です。何も無い野原は、かえってデザインがまとまりません。


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(西側の森と渓流。姿は見えませんが、キツネ、鹿がうろついているようです。クマさん お断りと書いていますので熊は出ません。)


20坪位芝生にしてしまえばもう少し将来図が描けるかな、と、取り敢えず芝生庭作りを始めました。さて、そこで調べれば調べるほど迷うのは、芝の種類。寒冷地なので冬も美しい西洋芝にと思いましたが、成長が速いので頻繁な芝刈りが必要で、かつ、根が浅く水やりが大事なのにたまにしか来ない週末族には、無理らしい。高麗芝は西洋芝ほど手間いらずらしいのですが、冬をこせるか?1160mの高地ではお勧めではないようです。寒冷地に比較強く、根が深いので乾燥に強く、葉の伸びが西洋芝ほど速くないので手間がかからないのが野芝らしい。野芝はゴワゴワしていてちょっと抵抗があるのですが、野原よりはましかな。6月になったら種を蒔いてみます。ちょうど蒔きどきが梅雨なので自動散水設備は不要そうです。少し節約出来ます。結果はまた報告しますね。


芝の前に庭の通路を決めねばなりません。緑の芝の中にレンガの道が色が映えて美しいでしょうが、凍上のため60cm以上掘って砕石を入れないとガタガタになってしまうので重労働なので諦め。やっぱり、枕木がいいかな。

久々の故郷帰り

 久しぶりに、10年以上になるかな? 故郷の関西に行きました。ちょうど日曜日だったので、青春を過ごした京都で旧友と食事を楽しむのに昔ながらの喫茶店「進々堂」で落ち合いました。待っている間、隣では若い人が、就職について熱く語って居ます。偶然、我社の名前が出たときには、ちょっとドキッとしました。世間は狭い。壁に耳有りですね。
久しぶりに、京都で夜の酒を楽しみましたが、少し、寂しいのは、京都にも、経済基盤の虚構化(生産活動ではなく、見せ物と観光だけでバリューを生み出さない、本質をつかないそろばん勘定。)を風の中に感じた時でした。街が少しづつ寂れたように感じます。40年来の旧友と食事を楽しみ、過ぎた青春の日々、学生運動は下火でもまだまだ燃え盛っていた時代の激しい思い、やるせない心を切々と思い出しながら旧友との会話で夜はふけます。大学に入ったとはいえ、最初の2年間はストライキで授業を受けた記憶はほとんどありません。
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(久々の本部。昔は、ここで、湯川秀樹博士の講演、代議員会議と投石、ゲバと「赤い鳥」、南 さおりのコンサート)

  翌日は、明石で学会の50週年記念講演。もう、専門を離れて久しく、講演は固辞したいのですが、なんと今や委員長が昔の友人。断わりもできず、浅い勉強の表面的な観察眼の恥を偲んで、なんとか講演をこなし、もう古い専門分野の再開はないと思った。ただ、日本企業の多くが、オーナー社長でなく、ステークホルダーに説明が求められ、直感で経営の方向性を決められないことは、本当は、致命的な日本の欠陥と思うのだが、これを学会の講演で言ちゃっちゃおしまい。理屈もなく、信念と直感あるのみ、では、講演を聞きに来てくださった人に申し訳ない。少し学会らしく、データと理屈の体裁は整えたが、真はそこにはない。感性で流れを捉えることの重要性は軽く触れただけ。この感性は学者にも、会社人にも必要と思うのだが。
  兄弟子、おとうと弟子と再会して、「もう引退の年だから古い分野に戻りたい」なんて気持ちと、「いやいや、まだまだ現役で、現業に全力。昔戻りはない」、2つの複雑な思いが交錯する中で、新幹線で居眠りし、いつもの日常に逆戻り。人の生き様が、思い出に浸った発想になったら、「生きた人」でなくなるかな。
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(講演会場は、初めて見る明石大橋の際でした。海外ばかりで日本はほとんど知らないのです)
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