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久々の大阪

育った故郷の大阪です。なん年ぶりだろうか。現役時代に取引先に招待されて甲子園球場に来て以来だから、5年ぶりくらいか。
今回は高校の同窓会です。大学院生時代に一回あったきりで、今回が二回目だから44年ぶりか。今日は関東は曇りですが、飛行機が上昇するときれいな雲海でした。


伊丹空港から昔は無かったモノレールで蛍池に行き、そこから阪急で梅田に出ましたが、全く変わっていて、迷子になりながら会場にたどり着きました。昔の阪神、阪急百貨店が見えないし、ガラが悪かった北側は再開発されて、きれいな街に。


驚いたのは、出席者がなんと160名強で、三人に一人は出ていることになります。ものすごい出席率ですね。


全く忘れていた世界で、会って名前を聞き、話しているうちに記憶が蘇って来ます。懐かしかったのは、恩師の英語教師のHTJ先生がご健在だったことです。当時、学校の先生全般をバカにしていたのですが、高校に入って一年生の担任がこの先生でした。彼の英語力は、訳すと同じに見えても細かなニュアンスの違いなどを教えてくれて、プロとは何かを学び、その後の人生に多大な好影響を受けて、今の自分が形成されました。
もう一人、体育の先生。随分喧嘩しました。ある時、小生が我慢ならず職員室に怒鳴りんで行き、何時間が二人で話をし、随分相互に理解できました。それ以来、小生を応援してくれました。

中学時代からの旧友とも、会えました。彼が繰り返し言うには、ライバル心で小生には絶対負けたくなかったと。人生に勝ち負けなどないのですが、中高生なら仕方がないでしょう。こんなコメントも上から目線になってしまってますね。反省!

昔の憧れのマドンナも今では普通の婆さん。ガッカリ!もっと期待していのに。でも、会えて嬉しかったです。
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九州旅行 太宰府へ

故郷をゆっくり散策するつもりでしたが、幼児期に過ごしただけなので活動範囲は狭く、早朝散歩で回れてしまいました。二泊の予定でしたが、一泊で十分でした。それでも幼児期を過ごした街で息子達と呑んで、寝て、満足な旅になりました。

帰りの飛行機まで時間があるので、令和の地を訪れることにしました。写真の場所で大伴旅人が催した「梅花の宴」の序文から令和が生まれたらしい。今は小さな神社坂本八幡が残っているだけですが、大伴旅人の万葉歌碑が残されています。
思いがけず日本中が注目する場所になったので、観光地として受け入れ態勢ができてなく、駐車場はタダだし、出店もない、田園の中の神社と言った風情でした。訪れるなら今かも。


八幡宮の隣が太宰府政庁跡。大伴旅人の勤務地ですね。正殿などの礎石だけが残った広い芝生の広場になっています。ここで奈良時代は九州全域の政治と中国、韓国との窓口をやっていたと思うと感慨深いです。ここも観光地というより近隣の人達の犬の散歩広場といったところですね。


まだ、時間があるので学問の神様 菅原道真を祀る太宰府天満宮も訪れました。これで三回目ですね。今は太宰府駅はものすごい人。以前来た時は閑散とした通りでしたが、今は行き交う人は中国語か韓国語がほとんどでした。まさか令和になるので外国から来たわけではないでしょう。こんな日本独自の神社が外国人に何が楽しいのだろう?


参道の風景。


本堂。


猿回しをやってました。これも懐かしいな。奮発して、親子三人分で1000円入れておきました。


今日から故郷巡り

長男が福岡出張の際に「時間があったら先祖の郷を見に寄ろうかと思ったが、時間が作れなかったので行けなかった」との一言がキッカケになって、今度息子達を連れて先祖の地に行くことになりました。次男に聞くと自分も行ってみたいと言うので、親父と息子二人の三人旅に今日から出かけました。長女は関心ないだろうと思ってたら、やはり一度は尋ねてみたいが、他の予定が入ってるので同行はできないやと。子供達は、意外と先祖の地に興味があるようなので少し驚きながらも嬉しくなりました。

目的地は九州は福岡。先祖代々の墓がある行橋郊外です。北九州空港でレンタカーを借りて、爺さんと婆さんが眠る墓に向かいます。カルスト台地平尾台の麓です。今は従兄弟と再従兄弟が住んでいます。こんな長閑な田園地帯です。
本家に寄って再従兄弟とは44年ぶりに会いました。昔話は楽しいのですが、キリがありませんね。過去帳を辿ると1830年まで遡れました。しかし、妻子がほとんどで当主の記載がないのです。不思議ですね。当主は位牌に書かれてるので、省いたのかな?


小生の祖父、祖母の墓参りを済ませて、次は母方の祖父、祖母が眠る飯塚に向かいます。こちらに眠る爺さんは京都出身なのですが、戦後の食糧難の時期 婆さんの故郷の八木山に疎開してそのまま母が九州の男と結婚したのです。八木山の麓に墓がありました。飯塚の街を一望する小高い丘の上にありました。小生も60年ぶりくらいの爺ちゃん、婆ちゃんのお参りです。実はこれを機会に遺骨を移そうと思っていたのですが、もはや字は消えて誰のものか分かりません。


ついでに幼少期を過ごした飯塚の街の散歩を楽しみました。昔、遠賀川の義雄橋から見えていたボタ山は今では木々が生えて緑の山になっていますが、それでも原型は留めて三角山です。


夜は息子二人と寿司屋で一杯。鄙には稀な、なかなか良い店でした。故郷で息子達と酒を飲む幸せに浸りました。



同窓会

今日は年に一度の大学の同窓会でした。一学科だけの同期、同窓ですから総勢は50人足らずです。その上関西の大学なので関東在住の人は少なく、出席は7人でした。小生は幹事を仰せつかっているのですが、皆さんに案内メールを出したり、思った以上に面倒くさい。
理由の一つは、メールアドレスだけでは名字が分からなかったり、記号だらけのアドレスを変更したりする人が居て、これらの確認に手間取ります。

遠い人は、小田原からも参加されるので帰りの便を考えて、東京駅前のKITTEビル内の居酒屋にしました。参加者の中には、久々の東京なので洒落た店の希望や、恵比寿あたりの希望があるのですが、遠い人は東京駅に出るのに1時間近く掛かったら大変でしょう。


大学と大学院まで入れて六年間を共にした仲間達なので、別れ難く二次会に流れました。でも、共通の経験はなく、だんだん話題は少なくなりました。関心のうすい話を聞いているのも正直疲れますので、三時間も持たずに解散しました。40年以上前の友人とは、現実はこういうものでしょう。

「西域」の小説

若い頃から興味を持って読み漁っていたのが中国周辺の遊牧民達の歴史と歴史小説でしたが、主だったものは読んでしまいしばらく遠ざかっていました。

久しぶりに北方謙三が「チンギス紀」を書き下ろしましたので、図書館で借りて読み始めました。人気の本なので、待つ人が多く、約一月待って小生の番が回ってきました。


一月も待って、たった一日で読んでしまい、次巻を予約してきました。3人待ちですからまた一月近くは待たされるのでしょう。一月も間が空くと、前巻の粗筋も忘れそうです。
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